カンバスケネス(Cambuskenneth)

カンバスケネスの村は、スターリングの町の一部であるような、そうでないような、不思議なところです。「村」と呼ぶのも大げさな感じのするほどとっても小さな村で、正直言って、観光の対象にあるようなものはただひとつ、カンバスケネス修道院だけです。しかもその修道院自体、歴史はあっても見どころはそれほどない小さな廃墟なので、本当は観光ガイドに載せるような特別な場所とは言えません。それでもわざわざ1章を割いてカンバスケネスについて書く理由はというと、私が好きなところだからという一言に尽きます。

カンバスケネスに行くには

カンバスケネスの村は、スターリングの町とはフォース河を挟んだ対岸にあります。といっても、スターリングのあたりではフォース河はどちらからどちらへ流れているのかもよくわからないほどうねうねと蛇行していて、カンバスケネスは対岸というよりは、三方を河にとり囲まれたほとんど離れ小島のようなところにあります。

ところでエディンバラが面しているフォース湾は、うなぎの寝床のように長い形をしていて、内陸に入るに従ってだんだん細くなっていつの間にかフォース河になってしまうので、どこまでが海でどこから河になるのか地元の人でもよくわからないのですが、スターリングに入る頃には完全に河になっています。スターリングの町は、ちょうどフォース河がフォース湾の潮の満干の影響を受けなくなる地点に立っているそうで、昔はこのあたりまで船が入ってきていたのだそうです。フォース湾には今ではエディンバラの近くで橋が2つ(特に19世紀建設の鉄道橋が、変わったデザインで有名)かかっていますが、ヴィクトリア朝以前にはもちろんなかったわけで、海からさかのぼってきた船が最初に行きあたる橋は、スターリングとコーズウェーヘッドロード(Causewayhead Road)を結ぶオールドブリッジ(Old Bridge)(※注1)でした。従って、それよりも下流に位置するカンバスケネスとスターリングの間を行き来するには、小舟で河を渡らなければならなかったそうです。第一次世界大戦後になると、スターリングに船が上ってくることもなくなり、1936年にスターリングからカンバスケネスに橋が架けられました。ただし、この橋は歩行者専用の小さな橋なので、自動車で渡ることはできません。

自動車でカンバスケネスに行くには、コーズウェーヘッドロードをたどって終点のラウンドアバウトを右に曲がり、少し先の右手にあるレイディーズニュークロード(Ladysneuk Road)という道に入って、もと来た方向に逆戻りしなければなりません。この七面倒くさいルートをたどってカンバスケネスに行くと、カンバスケネスの村に住む人たちはきっと、フォース河に橋が架けられるようになって便利になっても、スターリングとつかず離れずの距離を保ちたかったんだなという印象を受けます。ま、そういうわけで、、スターリングからカンバスケネスに行くには、徒歩か自転車で歩行者用の橋を使った方が早いです。

スターリング駅前の道を駅に向かって左に少し進むと、線路に橋がかかっているのでこれを渡り、まっすぐどんどん進んでいきます。このあたりは地元の人がリバーサイドと呼ぶ地域で、なかなか感じがいい場所ですが、現在再開発が進んでいて、大きなショッピングセンターを作るとかで工事中です。そのせいでちょっと道がわかりにくくなっていますが、とにかくまっすぐ進んでいくと河に突き当たり、歩行者用の橋がかかっているのが見えます。この橋を渡るとカンバスケネスです。橋の前の道をさらにまっすぐ進み、突き当たりで右に曲がると、ほぼ真正面にカンバスケネス修道院(Cambuskenneth Abbey)があります。

カンバスケネス村 後方の塔が修道院の鐘楼

カンバスケネス修道院が建設されたのは12世紀中頃、ホリルード教会にもゆかりの、教会建設に一生を捧げたデイヴィッド一世の命によるものだったそうです。王都スターリングの近くにあって便利だということで、ここで議会を開いたりすることもあったようです。中でもいちばん有名なのは、ロバート・ブルースがバノックバーンの戦いの勝利直後にこの修道院で開いた議会で、それまでの戦いでイングランド側についていたスコットランド貴族で、ブルースに忠誠を誓わない者は、領地没収との決議がここで下されました。この修道院は16世紀以降は使われなくなって崩れ落ちるにまかされ、その石はリサイクルされて、スターリングの他の建物を建てるのに使われたといわれます。現在まともな形が残っているのは鐘楼だけで、これも当時の建物がそのまま残っているわけではなく、後世の修復によるものです。

カンバスケネス観光のハイライトである修道院はこれだけでおしまいなのですが、もし時間と元気があるなら、私のお気に入りの散歩道であるレイディーズニュークロードを歩いてみてください。夏の天気のいい日には、歩いていてなかなか気持ちがいい道です。単に修道院に背を向けて、一本道をひたすら歩いていくだけです。かわいいコテージと最近の建物が雑居しているカンバスケネスの小さな村はすぐ終わりになり、後は左右に農地が広がる一本道になります。左手にスターリング城が鎮座する丘、前方にはウォレスモニュメントのあるアビークレイグの丘がそびえています。しばらく行くと左側に河が迫ってきます。なぜか河に面してベンチがぽつんと置いてあったりします。

途中やたらと犬がうるさく吠えているのが聞こえてくることがありますが、その源はSSPCAセンター。イングランドにRSPCA(Royal Society for Prevention of Cruelty to Animals、王立動物虐待防止協会)というチャリティー組織がありますが、そのスコットランド版です。イギリスでは犬や猫をペットショップで売っていることはまずなくて、血統種なら専門ブリーダーから直接買い、雑種ならこうしたチャリティーからもらってくるのが普通です。チャリティー側ではホイホイ犬や猫をくれるわけではなくて、まずもらい手が責任をもってペットを飼える人か、家の立地がペットにとって安全か、庭のサイズは十分かなど、厳しくチェックをかけます。

この道の終点まで来たら、左に曲がって少し歩くと、道の反対側、コーズウェーヘッドのラウンドアバウト近くにカフェ兼フィッシュアンドチップス屋さんがあります。フィッシュアンドチップス屋さんの方は大したことありませんが、カフェのアイスクリームは、特に散歩の後だとおいしいです。ここでミルクシェイクを頼むと、アイスクリームを入れてシェイクしたものが出てきますが、アイスクリームは10種類くらいから選べて、これもなかなかいけますよ。

※注1:オールドブリッジ・ニューブリッジ
オールドブリッジを見て、ああスターリング橋の戦いはここで戦われたのかと思う人もいるのですが、この橋が建設されたのは15世紀末だといわれています。その名の通り古い橋ではありますが、ウォレスの時代にさかのぼるほど古くはありません。スターリング橋の戦いの当時の橋は、今のオールドブリッジよりももっと上流にあったいわれています。当時のものは木橋で、戦いの時に崩れ落ちてしまったと記録にあります。

現在の石造りのオールドブリッジは、もともとは関所の役目を果たしていたそうで、橋の上に詰め所があり、橋を通行する際には必ず通行税を払わなければなりませんでした。また橋の両端には門のついたアーチがあって、非常時にはスターリングの町の防衛拠点として使えるようになっていました。詰め所もアーチもその後撤去されてしまいましたが、今でもその跡は残っています。

オールドブリッジの隣にある自動車道の橋も意外に古くて、1831年の建設です。1843年にヴィクトリア女王がスコットランド巡遊の際にスターリングを訪れたときは、この橋に花のアーチをかけ、WELCOMEと書いた垂れ幕を渡して女王を迎えたそうです。

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更新日: 2000-11-26