お城の周辺

マーズワークとアーガイルズ・ロッジング
お城から下りてくる道(お城は左手後方に隠れている)

マーズワーク(Mar's Wark)

写真の左側に写っている遺跡です。16世紀の建物ですが、ご覧のようにぼろぼろ。正面ゲートの部分が残っているのですが、その裏にはほとんど何も残っていません。マーというのは、幼くして王位に就いたジェームズ6世の摂政をつとめた大貴族、マー領伯爵ジョン・エァスキン。彼の命で建設が始まったこの建物は、その権勢にふさわしい中庭をぐるりと囲むようにつくられた豪華なお屋敷になるはずだったのですが、マー伯は摂政職に就いた翌年には死亡。どうやら毒殺されたのではないかと巷では噂したそうです。マー伯のお屋敷の工事も結局正面部分だけできたところで放置され、荒れるに任されてご覧の状態になってしまいました。"Wark"というのはスコットランド語で英語の"Work"にあたり、工事とか工事中の建物という意味です。それでもゲートだけ残っているのは「周囲の建物の風防になって便利なので取り壊さなかったから」だそうな。

アーガイルズ・ロッジング(Argyll's Lodging)

写真の右側のピンクの建物は、宿を観光するユースホステルの項でも触れたアーガイルズ・ロッジング。以前はユースホステルとして使われていた建物ですが、建築は17世紀。さすがにユースなんぞに使うのはもったいないと思ったか、はたまたそんな老朽建築に若者を泊めるのはかわいそうという思いやりか、今ではユースは他の建物に移し、こちらは観光スポットに再生。アーガイルというのはアーガイル領の伯爵であるキャンベル家のことで、こちらもスコットランドを代表する貴族の家系ですが、この建物を建てたのはウィリアム・アレクサンダー卿という人物で、アーガイル伯家との縁戚関係があり、自分の所有する建物をアーガイル伯に別宅として提供したので、こういう名前になったようです。

スコットランドでは王城がいくつもあって、王様は好きなお城に寝泊りし、その間そのお城のあるところがスコットランドの首都として機能し、議会もそこで開かれるという仕組みになっていたのですが、スチュアート朝の王様はスターリング城がひいきで、スコットランド諸貴族もスターリングに家を確保しておく必要がありました。マー伯のようにお屋敷を建ててしまおうという人もいましたが、面倒だから地元の住民の家にちょいと泊まらせてもらおうかというちゃっかり貴族もいたようで、アーガイルズ・ロッジングもそのひとつというわけ。(もっともアレクサンダー卿は最初からアーガイル伯のためにこの館を建てたようですが。)ロッジングというのは投宿先とか下宿とかいった意味です。アレクサンダー卿は行いの良さが報われたか、その後初代スターリング伯爵に取り立てられています。

ホリルード教会(Church of Holy Rude)

マーズワークの隣がホリルード教会。歴史が売りの観光の町だけあって、スターリングの町、なかでもお城の周辺は古い建物が掃いて捨てるほどごろごろしていますが、中でもこの教会は古い。現存の建物のいちばん古い部分は15世紀のものだそうで、スターリング市の中でいちばん古い建物です。しかもこれはあくまで現存の建物の話。記録によれば、12世紀初めにスコットランドを治め、全国に教会を建てまくったデイヴィッド1世が、1129年にこの教会をダンファームリン修道院に下賜したとされています。それも、その時に建てられたというわけではなくて、すでにここに教会があったのです。

16世紀には、スコットランドで宗教改革を進めたジョン・ノックスもこの教会で熱弁をふるったといます。当時スターリング城を居城にしていたスチュアート王家は、フランスと同盟を結んでイングランドのヘンリー8世・エリザベス1世親子と敵対したカトリック派。お城のすぐ隣にあるこの教会でノックスが説教したのは、もちろん嫌味のつもりだったんでしょうね。

ちなみに私はこの教会の中に入ったことはありません。11年も住んでいてひどい話ですが、たまたま見に行った日に閉まっていたり、結婚式か何かで外にたくさん人が集まっていたり、どうもチャンスを逃してしまったまま今に至っています。外から見る限りでは中も立派そうな感じですが、今度通りがかった時に覗いてみます。

ブロード・ストリート(Broad Street)

スピタル・ストリート 上の写真でもちょっと見えていますが、マーズワークの前はT字路になっていて、そちらに下りていくとやたらと幅の広い道になっています。これがブロード・ストリートで、名前も「広い通り」という意味。もっとも昔からこの名前だったわけではなくて、以前はメーァカット・ストリート(Mercat Street)といっていました。メーァカットというのはスコットランド語で、英語のマーケットにあたり、中世の頃にはこのあたりが町の中心で、この通りで市場が開かれていたことからそういう名前がついたというわけ。この道をちょっと下ると右手に角塔のある立派な建物がありますが、これはトルブースといって、まあ昔の市役所兼市議会兼地方裁判所のようなものです。(現在は何かの工事中で覆いがかかっています。)

さらに先へ下りていくと、円柱の上にユニコーン像がのっているのが見えます。この像のことを「メーァカット・クロス」というそうです。昔のスコットランドの法律で、「商品を売るには必ず十字架の立っている市場に陳列すること」とかいう決まりがあったそうで、市場を開く町の広場には必ず十字架を建てたんだそうです。やがてこの十字架が町の中心を示すシンボルに変わり、形も十字架に限らずスターリングのもののような円柱やお立ち台スタイルなど、何でも良しということになったようです。

スピタル・ストリート(Spittal Street)

アセニアムのウォレス像ブロード・ストリートとほぼ並ぶようにして走っているのがスピタル・ストリート。といっても上の方はセントジョン・ストリートと呼ばれていて、途中からスピタル・ストリートに変わります。右の写真に写っているのがこの通り。『宿を観光する』で紹介した最高級の宿ハイランドホテルと格安宿であるユースホステルは、両方ともこの通りに面しています。この写真はちょうどユースホステルの門の前あたりで撮った写真で、なかなか急な坂であることがよくわかると思います。右側の並びに頭を出しているとんがり屋根の塔がハイランドホテル。そのさらに向こうに尖塔が見えますが、そのあたりの高さが商店街のある位置。駅はそこからさらに下ります。

左の写真は同じ塔を坂の下側から(つまり商店街の方角から)撮ったもの。尖塔は教会のように見えますが、アセニアム(Athenium)という建物です。19世紀初めに建てられ、紳士クラブのような役割を果たしていたようです。正面玄関の上に石像が立っているのがわかるのでしょうか? この像、ウィリアム・ウォレスだということになっているのですが、像が造られたのがギリシア・ローマ風建築が流行した時代ということで、ウォレス像もそれに合わせたギリシア・ローマ風装束になっていて、全然ウォレスらしくないのが奇妙。それでも、ウォレス・モニュメント駐車場の像と違って、こちらのウォレスについては不評のあまりペンキをかけられたなんていう話はないようです。

写真には写っていませんが、ユースホステルのすぐ隣、坂をさらに登ったところに19世紀の監獄だった建物(Old Town Jail)があります。これが建つまでは囚人はトルブースの監獄に入れられていたのですが、あまりに狭くて非人道的だというのでこちらに移したのだとか。今は観光客向けに公開されていて、当時の状態を再現した展示などもあるようです。(料金を払うのが惜しくて中に入ったことはないんですが。)ちょっと怖いものが好きな人にはいいんじゃないでしょうか。

怖いといえば、怖いものが好きな人向けの観光イベントとして、毎年夏に「ゴーストウォーク」というのをやっています。まあスターリング版肝だめしですな。地元のアマチュア劇団員が幽霊役をやるのですが、何年か前に一度、首吊りになった人の霊という役をもらった人が、ロープが本当に絞まってしまって、危うく本物になるところだったそうです。そうしたら本物の幽霊が出るイベントになっていたかもしれないですね。ちなみにスターリングの町には本当に幽霊が出るそうで、その名はグリーンレディ。スターリング城にゆかりがあるらしく、あの界隈に住んでいる人で見たという人が結構います。若くてきれいなお嬢さんだそうです。

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更新日: 2001-12-09