スターリング城(Stirling Castle)
スターリング城に「登る」
前述しましたが、スターリングは丘の上に建てられた町で、スターリング城はそのてっぺんに位置しています。旅行者はバス・鉄道いずれを使った場合でも丘のふもとから町に入ることになるので、スターリング城を始めとする古い建物を訪ねる場合、とにかくひたすら坂を登っていくことになります。
観光バスを利用した場合は、エスプラネード(Esplanade)と呼ばれる城の門前の広場までバスが乗り入れていて、楽ができますが、私は運動不足解消のため時々お城まで散歩(というかほとんどハイキング)しています。大変でも足で登ると、頂上に着いた時の達成感はひとしお。エスプラネードからの眺めも、なぜか車で行った時よりも良いような気がするから不思議。まずはエスプラネードでひと休みし(夏はアイスクリームの屋台が常時出ています)、呼吸を整えてから、いざお城へ。
ビジターセンター
そのまままっすぐお城に入ってもいいのですが、まずエスプラネードの脇に立っている白壁の石造りの建物に立ち寄ってみましょう。これが売店を兼ねたビジターセンターです。昔ながらのコテージ風のこの建物、もともとはホテルだったそうで、18世紀に建てられたといいますからこれ自体歴史的建造物。
入り口と反対側の壁にはところどころガラス張りの張り出し部分があり、スターリングをぐるっと見渡すことができます。ボタンを押すと、目印になる建物や山などについて解説した録音テープが流れます。
奥の階段を下りると地下に小さなシアターがあり、ここでスターリング城案内ビデオを随時上映しています。スコットランド訛りの英語ナレーションは慣れないとちょっと分かりにくいかもしれませんが、お城の歴史や見どころなどポイントを要領よくおさえていて、予習にぴったりです。
スターリング城の略史
エスプラネードから見るスターリング城は、まず塔に挟まれた重厚な城門が目を引きます。ロバート・ブルースやウィリアム・ウォレスもこの門の前に立ったのだろうか・・・などと感慨にふけるのは実はちょっと早とちりで、この城門が建てられたのは15世紀。ブルースやウォレスの時代にはまだ存在していなかったのでした。
増改築を重ねたつぎはぎ城
スターリングはスコットランドの低地部(the Lowlands)と高地部(the Highlands)の境界に位置し、両者を結ぶフォース河(River Forth)の流れを見下ろすスターリングの丘は、防衛上の要地。今のスターリング城の立つ地点には古代から砦が建てられていたといわれます。12世紀初めにはすでにここに王城があったという確かな史料があり、ブルースやウォレスの生きた13世紀末〜14世紀初めに城があったことは疑いありませんが、当時の城は今見る城とは違っていたようで、現存の建物はほとんどが16世紀以降のものです。
スターリング城は何世紀にもわたる建物や胸壁の増改築を経て今の姿になったわけで、建物やそれをぐるりと取り囲む胸壁をよく見てみると、石の状態などから比較的新しいもの、古い建造物などけっこう区別をつけることができます。建物群の背後の胸壁の一部はかなりボロボロと崩れかけた感じで、あのあたりがたぶん一番古いのだろうと私は思っています。もっとも、お城の外側から胸壁をぐるっと辿っていくと、一部は切り石ではなくて丘の岩肌をそのまま利用しているところがあり、人の手が入っていないのだからそこがいちばん古いとも言えるのですが。
宮殿とグレートホール
16世紀あたりには、スコットランド王はスターリングに居を構えることが多かったようで、有名なメアリー女王もこの城で戴冠式を挙げており、その息子で後にイングランド・スコットランド両国の王となったジェームズ6世(※注1)の洗礼も城内のチャペルで行われました。
メアリー女王の父ジェームズ5世は、イングランドの圧力に抵抗するためフランスとの同盟を強めようとした人で、メアリーをフランスの皇太子と結婚させたのもその表れでしたが、城内の宮殿はこの王の時代に建てられたものだそうで、なるほど当時ヨーロッパ大陸を席巻していたルネッサンス建築様式の建物です。当時の飾り付けで今も残っているのは、木彫りのお皿のようなレリーフだけですが、当時はたいへんエレガントな内装だったんでしょうね。
スターリング城の目玉はジェームズ5世の父、ジェームズ4世が建てたグレートホール。こちらは中世ゴシック建築スタイルの典型でしたが、18世紀に破壊されてしまいました。その後は中を区分けして軍のバラックとして使われるようになり、第2次世界大戦後に中世の姿への修復作業が開始。当初は数年で終わると思われていた工事は40年以上も続き、1999年にやっと終了して、昔の姿がついによみがえりました。今年(2001年)掲示板でもおなじみのPokichiさんを案内した際に、私もはじめて完成後の姿を見ました。
町の住民には「やたらと鮮やかな黄色っぽい外壁は、花崗岩の建物群からひとつだけ浮いていてみっともない」とあまり評判がよくないのですが、ガイドさんの説明によるともともと城内の宮殿部分の建物はみなこの色の漆喰で塗られていたのだとのこと。修復工事中にもとの外壁の漆喰が出てきたので、同じ材料で再現したのだそうです。
ホールの中は、わりとシンプルな印象。天井はハンマービームと呼ばれる梁がむき出しになっている、エディンバラ城のグレートホールと似たようなデザインですが、梁が見るからに新品のカシ材で、しかも乾燥させず生木のままで組んだとかで色も青っぽく、たくさん亀裂が走っています。説明によると、当時の工法を忠実に再現した方法で、何年もたつうちに材木が自然乾燥で収縮し、それにつれて継ぎ目がしっかりと締まり、亀裂も消えるのだそうです。室内の装飾は壁一面を覆う厚手のカーテンみたいなタペストリーだけ。寒気を防ぐためかけられているそうで、さらにホール内にはばかでかい暖炉がいくつもありました。そういえば、石造建築って部屋の中が寒いのよね。
中世の建物を年季がまったく入っていない新品の状態で見るというのは、なかなか不思議な体験でした。
この新築中世建築、パーティや披露宴に貸し出しもしているのですが、新郎新婦は上席の玉座に座らせてもらえるのでしょうか?
スターリング城は今も現役
今ではスターリング城は国王の居城ではありませんが、実はしっかり現役で使われています。エスプラネードの右手にロバート・ブルースの(あまり格好よくない)立像、左手にはキルト姿の兵士の像が立っていますが、この兵士の像は「アーガイル・ハイランダー連隊」のもの。スターリング城はこの連隊の本拠地なのです。1958年までは城内の建物をバラックとして使っており、今も当時を記念する連隊博物館が城内に置かれています。
現在ではさすがに兵士がここに寝泊りしたりはしませんが、今でも連隊が式典などでスターリング城を使うことはあり、運がいいと、キルトの制服姿の若いお兄さんがたくさんたむろしている光景を目撃できることがあります。パイプバンドのキルト姿とはまた一味違いますぞ(ミーハー^^;)。
- ※注1:
- イギリス史の教科書にはジェームズ1世として出てきますが、本当はジェームズ6世・1世というのが正しい呼び方。スコットランドでは6世、イングランドでは1世という意味です。
そういえば、現在のエリザベス女王が戴冠したときに、スコットランドでは「新女王が『エリザベス2世』と呼称されたのはおかしい。エリザベス1世はイングランドだけの女王だったのだから、スコットランドにとっては今回が初めてのエリザベス。従って『エリザベス2世・1世』になるはずだ」と非難の声が上がったそうです。
TOP |
戻る |
次へ |
目次に戻る
更新日: 2000-08-05